第3回APOC 参戦記Part1 参加決意~準備編

オセロ

7/25(金)~7/27(日)に中国の杭州で行われた第3回アジア太平洋オセロ選手権大会(Asia Pacific Othello Chanpionship, 通称APOC)に参加してきました。
Asia-Pacific Othello Championship :: World Othello Federation
かなり遅れての報告になりますが、参戦記をブログに残そうと思います。

大会出場を決めたきっかけ

今回、APOCへの参加を決めた最大のきっかけは、とても仲の良い香港のオセロ友達、けろっぴの存在でした。

けろっぴとは「第三回登竜門リーグ」を通じて知り合いました。彼女は選手として、私は配信者として参加しており、彼女の参加する試合を私が配信したこともありました。

「語学が堪能な彼女から英語を教えてもらいたい」そんな軽い気持ちで連絡を取り始めたのですが、私たちは信じられないくらいあっという間に仲良くなりました。今ではオセロのことはもちろん、プライベートのことまで何でも話せる大切な友達になりました。オセロの喜びも、生活の悩みも、将来の夢も、分かち合い、素直に打ち明けられる存在。それがけろっぴです。

だから、彼女が「APOCに参加する」と聞いた瞬間、私の心は大きく揺れました。
「けろっぴに会いたい!」という気持ちでいっぱいになりました。
その気持ちが、何よりも大きな原動力となり、APOCへの参加を決断させてくれたのです。

参加すると決めたことを報告すると、彼女は心から喜んでくれました。
「女性部門の1位と2位を一緒に獲りたいね。」
そんな夢を共有して、期待に胸を膨らませながら、大会までの日々を過ごしていました。

初海外への不安

「大会に出る!」と決めたものの、それは私にとって 初めての海外渡航 を意味しました。
しかも行き先は中国。ニュースやSNSではしばしば「治安」や「文化の違い」が強調され、正直なところ不安はとても大きなものでした。

言葉は通じるのか。
食事は口に合うのか。
無事に会場までたどり着けるのか。
現地で何かトラブルが起きたらどうしよう――。

特に、言葉が通じない中国という土地に女性一人で渡航するのは心細いものです。
母親からも猛反対を受けました。

そこで私は、同行してくださる日本人オセラーを探すことにしました。
Mirrativで「私と一緒に大会に参加しませんか」と呼びかけると、すぐに「興味あります!真剣に検討します」と返事をくれたのが西野三段(当時)でした。

数日後には正式に快諾してくださり、こうして私は、西野三段と共に第3回APOCに参加することが決まりました。もし同行者が見つかっていなければ、参加は諦めていたことでしょう。西野三段には感謝してもしきれません。

けろっぴも、私が中国渡航を少しでも安心できるようにたくさんサポートしてくれました。中国の決済アプリの紹介や、タクシーの手配の仕方など、現地で困らないよう細やかに気を配ってくれたのです。本当にありがとう。

研究に追われる日々

第三回APOCに登録したのは5月19日。大会までおよそ2カ月強の猶予がありましたが、その間、私はほとんどオセロの準備ができませんでした。理由は単純で、大学院での研究が容赦なく私の時間と体力、そして精神を削っていたからです。

博士後期課程の最終年度。朝から晩まで実験室にこもり、論文執筆、材料作製、特性測定、データ整理、評価、そして指導教員への報告――気づけば一日が終わっていきます。ただ忙しいだけならいいのです。博士後期課程は精神的な重圧が半端ではありません。(このことについては別記事で書こうと思います)

帰宅したころにはオセロの練習をする体力はほとんど残っていません。
気が付けば翌朝になっている、そんな日々の繰り返しでした。

そんな中でも、精神面の安定、体力向上、そして発達特性のコントロールのために、筋トレだけは必ず定期的に続けていました。今振り返ると、これが大会で集中力を保つ上で意外に大きな効果をもたらしたと思います。

覚悟

私は2025年度の日本女子名人として、APOCに臨む立場にありました。
本来であれば、序盤研究を仕上げ、中盤の構想力を鍛え、終盤練習を徹底的に行うべきでした。
また、実戦形式の練習を積み、調子を整える必要もありました。

しかし、私はそれをほとんどできていませんでした。

気づけば出発の数日前。
出発前日の夜には、なぜかPCゲーム『バイオハザードRe:4』をプレイしてしまう始末。
これは典型的な「セルフ・ハンディキャッピング」と呼ばれる行動でしょう(笑)

練習量は過去のどの大会よりも少ないものでした。
それでも私は決めました。「とにかく挑もう」と。
幸い、3月の名人戦に向けてはかなり集中して取り組んでいたので、その時の“貯金”が残っているはずだと自分に言い聞かせました。

できなかったことを嘆くのではなく、いま持っているものを全て出し切る。
名人戦を戦った経験、そして何より「絶対に勝つ」という執念。
それを武器に、私は杭州へ向かうことにしました。

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